count01:語る大樹
ぱちぱちぱち。
小屋で燃える小さな炎は、音を立てながら薪を小さくしていった。先ほど出会った少女に手を引かれながら歩いていくと、一瞬にして目の前に村が現れた。 木製の家が立ち並ぶも、薄暗く人の気配が殆どなかった。村人は今森の奥に出掛けているから、とセトとクラウスは少女の家へと案内された。 どうやら外から村が見えないようにする結界があり、村に入ることも、出ることもできない仕様になっていたらしい。しかし少女が見つけた結界の小さな綻びを通ることで、 外への行き来が可能であった。この隙間は少女しか知らないという。家へ招かれると、中には少女の母親と思われる女性と、彼女に抱かれた赤子がいた。 母親は初めこそはとても驚いていたものの、快く招き入れてくれた。
「こんな森の奥まで……よく来ていただけましたわ。私はエリーゼと申します」
「こちらこそ突然お邪魔させていただいて……わたしはセト。こっちは上司……いえ友人のクラウスと言います」
「どうも」
「あたし、ミーナ!!」
床や壁の板は外との温度差でぱきぱきと音を立てている。棚に並んでいる埃を被った食器に継ぎはぎの服、痩せこけたエリーゼの顔を見れば貧しい生活をしているのは一目瞭然であった。 欠けたカップに薄まった紅茶をもらい、ゆっくりと口の中へと注いだ。
「いきなり不躾なことをお聞きするかもしれませんが、この村の異変にはお気づきで?」
「はい。ここ数カ月前から、村から出ることができません。それに、村の人たちも様子が変なのです」
「と、言うと?」
「皆仕事もせず、毎日のように森神様のもとへ祈りに行っているようですし……」
「もりがみ……さま?」
「あのね、あのね、もりがみさまは、ここらへんでいっちばん大きな木のかみさまなんだよ!」
話しによると、村人たちはその森神様と呼ばれる大樹のもとへ毎日通い、村の富と繁栄を祈り続けているという。それも、何かに取り憑かれたように。 エリーゼたちは、赤子の具合がここ最近酷くなる一方で、雪が降り続く中医者に行くこともできぬまま、家に残っている僅かな食糧で生活している。
「なぜ最近になって村の人たちはそんなことをするように?」
「それが、私にもよくわからないのですけれど……」
「あたし知ってるよ! もりがみさまがしゃべったんだよ!! きせきがおきたって、言ってた!」
「……喋った? 木が?」
「私も信じられないのですけれど、この子が喋るところを見たって言うんです。それに、祈りに行っていた人の中では金や宝石を、授かったとかなんとか……確かに村の人たちは異様な感じですし、気味が悪くて」
エリーゼが赤子を抱きなおしながら呟いた。赤子は寝ているが、確かに顔色が悪く、息苦しそうであった。ふいにクラウスが赤子の額に手をあて、優しく撫でた。 その時微かに彼が表情を歪ませたのを、セトは見逃さなかった。
「とにかく、その森神様ってのを調べる必要があるってことだね」
「恐らく、ってかほぼ間違いないと思うけどね」
「D.Cだよねー、やっぱ」
「赤ちゃんも喰われかけてるしね」
その言葉にエリーゼの瞳が揺れる。赤子は泣かない。暖炉の炎だけが音を立てる。
「エリーゼさん、安心してください。赤ちゃんはすぐによくなりますよ」
「え、え……?」
「ほんとう!? ミミ、元気になるの?」
「ミミって言うんだ。大丈夫大丈夫。オレたちが治してくるから」
状況が理解できないエリーゼにどう説明しようかと口を開いた矢先、ドアの外で気配がした。相手は複数、あまりよろしくない空気を纏っている。
「エリーゼ、お客様がいらしているようだが……是非とも私も村の代表として挨拶させていただきたい」
「それはどうもご丁寧に」
エリーゼの代わりにセトが答え、彼女たちに隠れるよう目配せをした。ドアノブに手をかけ、開いた瞬間にお約束の如く拳銃を向けられる。セトは二人の男に捕らえられると、 両手を背中で縛られ拘束された。見上げた先には先程の声の主が立っている。
「これは、これは。こんなか弱いお嬢さんがいらしていたとは。森神様も心配症ですな」
「その森神様に連れて来いとでも言われたの?」
「その通り。さあ、額に穴を開けたくなかったら一緒に来てもらおうか。お前たち、もう一匹いる筈だ。捕まえておけ。エリーゼたちは殺しても構わん」
男たちが武器を片手に家へ入っていくのを横目で見ながら、セトは更に薄暗い森の奥へと連れていかれる。降っていた雪はいつの間にか止み、吐いた白い息が空を舞う。進めば進むほど、D.Cと人の気配が強くなり、 二人の予想はやはり的中していた。木々が重なり合う道を暫く進むと、広く開けた場所に辿り着く。そこにはエリーゼたち以外の村人と思われる人たちが、揃えたかのように皆顔色を青白くして地面に座っていた。 その横に聳え立つ一本の大きな樹木、これが噂の森神様だということは言われなくてもわかる。他とは明らかに異なる気配も大樹から漂っている。生い茂る時期を間違えたかのように、大樹の葉は青々とし、周りの雪景色に似つかわしくない相貌であった。
"はて、わたしはねずみが二匹いたように思えたが?"
「森神様申し訳ございません。もう一匹はすぐにこちらへ連れて参ります」
"それなら問題ない、ご苦労"
目の前では確かに男と木が喋っている。しかしセトが驚くことはなかった。大樹はまるで生きているかのように枝を揺らし、幹をしならせていた。
"さて、そこの小娘よ。どのようにしてこの村に入ってきたかは知らぬが、余所者は邪魔でしかないのだよ。わたしはこの森と、そして彼らの富を……"
「ねえ、そのくさーい芝居、いい加減にやめてくれない? D.Cさん」
"………………なんのことだ"
一瞬、気配が揺れた。セトはにやりと笑いながら大樹を見上げた。
「それじゃ、わたしがタネあかしでもしましょうか」